2024-04

2024・2・22(木)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団

       東京芸術劇場コンサートホール  2時

 1000回定期までのカウントダウンに入っている東京都響、今日は第995回定期演奏会。桂冠指揮者エリアフ・インバルの指揮で、マーラーの「交響曲第10番」の、デリック・クック補訂完成版が演奏された。コンサートマスターは矢部達哉。

 インバルは、今月の都響への登場では、3種のプログラムによる5回の演奏会を指揮している。
 1936年生まれだから、今年で88歳になるわけだが、驚異的に元気だ。背筋をピンと伸ばしてすたすたと歩く。今日はこのマーラーの「10番」1曲だけだが、1時間15分ほどの長さの大曲を、椅子も使わず立ったままで精力的に指揮する。終演後も元気いっぱいカーテンコールに応え、楽員たちを各パート別に何度も起立させ、自らも何度も袖とステージを往復して、最後は聴衆に手を振って袖に引っ込む、という具合だ。

 彼が都響から引き出す音楽も引き締まって、些かも弛緩を感じさせない。前半でこそ演奏にしなやかさがやや不足していたような、もどかしさを感じさせる個所も聞かれたものの、第3楽章のあの「少年の魔法の角笛」の一節に似たリズミカルな曲想が現れたあたりからは、オーケストラ全体に揺れ動くような陰翳が満ち始めた。明日の2回目の演奏では、おそらく冒頭から深みのある世界が聴けるのではなかろうか。

 因みに、第1000回定期は今年の6月4日、同じくインバルの指揮により、ブルックナーの「第9交響曲」の第4楽章最新補訂版(SPCM版)の日本初演を以て開催されるそうである。

コメント

都響

久々に都響を纏めて聴いたのだが、「よくぞここまで」というのが、私の率直な感想である。我が国のオケで、技術的にも精神的にも最高レヴェルにあるのは間違いない。
東條先生もよくご存知のように、都響は、設立当初ゴタゴタがあったし、私が初めて聴いた森正指揮の「シェエラザード」は、オケが完全に崩れてしまい、音楽誌に、「討ち死に」と書かれた。その後の渡邉暁雄時代も、そう強い印象はない。ただ、ご無沙汰から暫くして、文化会館小ホール終演後、大ホールロビーを眺めると、雰囲気あるお客さん達が整然と動いていて、「おっ!都響も固定客が結構いる。」と思ったことがあった。それからどのくらいたったろうか。
都響に限らないが、これからは、売り方に「色合い」を付けて行くことだろう。「スター」を作っていくのも良い。技術的スタープレーヤーはもういるだろうから。

昔のマーラー全集や日フィルとのマーラー9番のライヴ録音とは時代とはくらべものにならない凄さ。コンサート通いの醍醐味だ。透明感すら感じられる響きと造形のなかに、グロテスクな死の影が感じられる。出来のいい演奏ほど、私見、第二楽章以下の復元部分の質の微妙な劣化(モツレクの後半にも感じる)に目が向くが、そこは同様。しかし、最後はそれを忘れるほどの音楽に飲み込まれてしまった。この前はカディッシュ、次はブルックナー9番で、インバルハム来ないのだろうかと不吉な感じもしたが、舞台での動きはかろやか。まだまだ大丈夫かも。

二つの完成版

 3月1日の大阪フィルの定期演奏会でインバル指揮の同曲を聴きました。

 30分前からホワイエで大阪フィル事務局長の福山修さんのプレトークがあるというので聞いてみました。この日の演目、マーラーの交響曲第10番のクック完成版について、補筆の経緯などプログラムにも書かれていることの他、定期演奏会には4回目の登場となるユリアフ・インバルを大阪フィル客演に呼んだ経緯などについてのコメントがありました。インバルと縁の深い東京都響の芸術主幹で、福山さんとも懇意らしい国塩哲紀さんの名前が何度か出たこともあって、質問コーナーとなったとき、手を挙げて尋ねてみました。

 「東京都響のことが、お話に何度も出ましたけど、このマーラーの交響曲第10番は、バルシャイ版を東京都響では過去に取り上げており、聴いたことがあります。東京都響は2種類の完成版を演奏しているオーケストラになりますが、オーケストラサイドでは、二つの完成版について、どう評価しているのでしょうか。国塩さんとかからお聞きになっておれば、教えていただきたいのですが」

 20年以上も前のことなので、国塩さんも福山さんも件の演奏は聴いておられないのかも知れないですね。いささかすべってしまった質問になった。そんなことを言ったので、「東京の方ですか」と逆に尋ねられてしまいました。

 それが開演前の一コマで、さて本番の演奏。第1楽章のアダージョは交響曲第9番の続きみたいな感じで、あれと同じ雰囲気が続く。終楽章もそうで、どういうオーケストレーションをマーラーが意図したのか知る由もないですが、延長線の印象が深いですね。中間の3つの楽章が補筆者の個性の出るところだと思うのですが、初めにバルシャイ版を聴いた私には、ずいぶんおとなしい作風に思えます。といっても二昔前の演奏だから、まともに比較なんて出来ませんけど。
 バルシャイ版では舞台奥にずらりとパーカッションが並び、外連味たっぷりの音楽になっていて、大変面白かった記憶があります。クック版では比較的薄いオーケストレーションに思えますが、反面で不気味な大太鼓の連打が非常に印象的です。あそこは不思議な音響で、交響曲第6番のハンマーと通じるものがあります。
 面白さで言えば断然バルシャイ版ですが、クック版でのインバルのすっきりした音作りも悪くありません。御年88歳、先日亡くなった小澤征爾さんと同年、それでこれから第三次のマーラーシリーズを開始するというのですから、元気なものです。1年や2年ではゴール出来ないわけだし。あやかりたいもの。ただ、終演は20:15頃、なんだか朝比奈隆音楽監督の最晩年の定期演奏会のようなショートバージョンとなりました。

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