2024-04

2024・2・22(木)チョン・ミョンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団

        サントリーホール  7時

 東京フィルハーモニー交響楽団も1000回定期への秒読みに入って、今日は第996回のサントリー定期。
 名誉音楽監督チョン・ミョンフンの指揮で、ベートーヴェンの「田園交響曲」と、ストラヴィンスキーの「春の祭典」とを組み合わせるという、ちょっと不思議なプログラムが組まれた。3回の同一プログラムによる公演の、今日は初日である。コンサートマスターは三浦章宏。

 「田園」では、珍しくブライトコップ版の楽譜が使われたようだ━━見たわけではないが、第3楽章でのホルンの強烈なアクセントで、それと判る。現在主流となっているベーレンライター版ではもう聞かれなくなった響きだ。あのワルターとウィーン・フィルの名演レコード以来、われわれの世代のファンにとっては、長年にわたって聴き慣れていた、印象的な音だったのである。
 今日のチョン・ミョンフンの指揮では、そうした音とともに、全曲にわたって流麗で壮大な「田園」の絵巻物が大河のように展開されて行った。曲の開始個所から妙に懐かしいような、昔初めてこの曲を聴いた時のような陶酔感に包まれはじめていたと思ったのは、その所為かもしれない。

 「春の祭典」は、全曲にわたり速めのイン・テンポで、荒々しい急流のごとく全てを一気呵成に押し流して行く、といった感の演奏となった。ロシア音楽のように華麗な色彩感を誇示するわけでもなく、近代音楽としての明晰な音の構築を聴かせるわけでもなく、オーケストラをむしろ鷹揚なアンサンブルで豊麗に構築して行く「春の祭典」だったと言っていいか。

 初日ゆえにこのような演奏になったのかもしれないとも思われるが、こういう直截な演奏構築をチョン・ミョンフンはオペラなどでもよくやることがあるので、それは近年の彼の美学なのだろう。実はさっきの「田園」も、どちらかと言えばそれに近い直截タイプの演奏だったのである。

 8時35分頃には演奏が終ってしまったので、終演時間が早すぎると思ったのか、チョンと東京フィルは、「春の祭典」の第1部の終曲(大地の踊り)をアンコールとして演奏した(この手は以前誰かもやったことがあるが、誰だったかは思い出せない)。
 チョンがスタンバイした途端に楽員たちが「何番から?」と笑い出したり(そう聞こえたのだが、聞き違いかもしれない)、いざという瞬間に打楽器奏者のひとりが何かをひっくり返したのかガシャガシャンという大音響が聞こえ、お客と周囲の楽員がゲラゲラ笑い出したり、私は昔からこういう「人間的な」雰囲気の演奏会がたまらなく好きだ。
 中学生の時の音楽教室で、ティンパニ奏者の椅子が壊れ、大きな音とともに奏者が後ろへのけぞり、暫し生徒たちの爆笑が止まらなかったのがそのきっかけかもしれない。

 因みに、東京フィルの第1000回定期は、6月23日のオーチャードホールでの定期がそれで、今日と同じくチョン・ミョンフンが登場、メシアンの「トゥランガリーラ交響曲」を取り上げるそうである。

コメント

大昔、マルケヴィッチが日フィルに客演した時のプロが前半「田園」、後半「ハルサイ」でした。

小澤&ボストンの来日公演もこれと全く同じプログラムの時がありました。

巨匠うチョン・ミョンフンの田園・ハルサイ。ミョンフン氏のベートーヴェン交響曲全集のCDを持っているが、この時点から20年たちスケールと深みは増したと思う。ハルサイは予想通りの爆演で、久しぶりに帰り寝付けなかった。東フィルは顏というべき巨匠指揮者と長く付き合えて幸福である。熱血バッティも登場している。定期公演でも新奇なものは狙わない代わりエンターテイメントとしてクラシックファンを満足させている。20年間でN響はアシュケナージ→パーヴォ→ルイージと変わり、読響もカンブルランからヴァイグレに(都響は客演が多いのが逆に魅力)。今回の東フィルはとりわけ技量、演奏レベルが高かった。楽員150人もいるので、オペラや区役所ホールのコンサートは今一つのときもあるが、さすがオケの顔というべきマエストロが立つだけに、ほぼベストメンバーだったのだろうと思う。話はそれるが東京交響楽団のノットも長く続いてほしい。

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