2024-04

2024・2・24(土)鈴木優人×BCJ×千住博 モーツァルト:「魔笛」

        めぐろパーシモンホール 大ホール  2時

 これは「Bunkamura 35周年記念公演 Orchard Produce 2024」として制作されたもの。オーチャードホールが日祭日以外は使えないので、東横線都立大駅から徒歩10分足らずの場所に在るこのホールが使われたようだが、客席数1200前後というこの会場は、バッハ・コレギウム・ジャパンの小編成管弦楽と合唱による「魔笛」の上演にはむしろ適していると言えるだろう。
 椅子がやや狭いのと、階段が多いのが難点と言えば難点だが、舞台は見やすいし、音響もいい。

 今回の「魔笛」は4回公演で、今日は3日目。指揮を鈴木優人、演出を飯塚励生、美術を千住博、映像をムーチョ村松。
 主な配役は、王子タミーノをイルカー・アルカユーレック、鳥刺しパパゲーノを大西宇宙、その恋人パパゲーナを森野美咲、ザラストロを平野和、弁者を渡辺祐介、2人の僧侶・武士を山本悠尋・谷口洋介、夜の女王をモルガーヌ・ヘイズ、その娘パミーナを森麻季、奴隷モノスタートスを新堂由暁、3人の侍女を松井亜希・小泉詠子・坂上賀奈子、3人の童子を望月万里亜・金持亜実・高橋幸恵。

 舞台で目立ったのは、たくさんの白布に投映されたイラストや映像の美しさだ。冒頭での「大蛇」に替ってタミーノを脅す「吹雪」の映像というアイディアもさることながら、ザラストロの国の場面で、舞台一面に乱舞する冷たいデジタル的な無数の数字群が、タミーノが新しい指導者に選ばれた瞬間に溶解して行くという発想は、現代社会への風刺としても面白い。登場人物たちがみんな客席の方へ顔と身体を向けて歌うという演出には演劇性という面から見て大いに不満はあるものの、闊達な動きそのものは観客を楽しませただろう。

 パパゲーノが背負ったバックパックにUber Eatsのマークの文字を入れ、その前に「Za」を加えて「Zauber」(Zauberflöte)としたシャレには笑った。ラストシーンで夜の女王とザラストロが━━モノスタートスとパパゲーノたちもが━━和解するあたりは、特に新味のある解釈ではないものの、当節の「願望」としても意味がある。歌唱もセリフももちろん原語だが、時たま日本語を入れて洒落ていた手法も悪くない。

 歌手陣では、やはりパパゲーノの大西宇宙が役者ぶりを発揮、闊達な歌唱と陽気な演技で舞台をさらっていた。彼が登場すると舞台が明るくなる。実力・人気ともに「進撃のバリトン」に相応しい存在だろう。
 次いでパミーナの森麻季の安定した歌唱。彼女は━━先日の「ジュリオ・チェーザレ」のクレオパトラ役でもそうだったが、このところ素晴らしいステージが続く。

 夜の女王役のモルガーヌ・ヘイズは最高音をやや力を抜いて出していたようだが、声質そのものはいい。有名な第2幕のアリアでは一か所、ちょっとおかしなところはあったものの、これはものの弾みかもしれない。ザラストロ(この指導者は、今回の演出では必ずしも全幅の信頼を集める存在ではないように描かれていた)の平野和の厳かな演技は良かったが、彼の声はやはりバリトン系か。タミーノのアルカユーレックは、あまり若者っぽくない風貌だが、歌唱のよさで聴かせていた。

 日本指揮界のホープ、鈴木優人の指揮に関しては、今回は些か異論を申し上げなければならない。特に第1幕での音楽の動きのなさ、ドラマとしての闊達な起伏を抑制したスタティックな演奏構築は、彼の意図的なものだったかもしれないが、モーツァルトの微細な感情の動きの豊かな「生きた音楽」に対する解釈としては、それは全く成功しない手法ではないかと思うのだけれども如何。
 正直言って、第1幕の音楽がこれほど平板に、長々しいものに聞こえてしまったことは、かつてなかった。ロビーで出逢った同業者たちもほぼ同意見だったし、帰りの道で私を追い越して行った2人の若者が「前半、長げえなと思ったな」と語りあっている声も聞こえたくらいなのである。

 そう言えば、先年「セイジ・オザワ松本フェスティバル」で「フィガロの結婚」を指揮した沖澤のどかも「オーケストラをできるだけ動かさないように」と語っていたようだけれども、何かそういう流行が日本の若手指揮者の間には生れているのかしらん?

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中