2024-02

2009・7・17(金)第20回PMF  高関健指揮札幌交響楽団

   札幌コンサートホールkitara

 札幌交響楽団は、今年のPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル 7月4日~29日)では「PMFウェルカム・コンサート」(5日)、「札幌交響楽団特別演奏会」(17日)、「ピクニック・コンサート」(26日)の3演奏会に出演している。10年ほど前までは犬猿の間柄だった両者が今やこのように比較的親密な関係を築いているというのは、札幌の音楽界にとっても慶賀の至りだ。

 今日のプログラムは、クロンマーの「2つのクラリネットと管弦楽のための協奏曲変ホ長調Op.91」、レーラ・アウェルバッハの「弦楽四重奏と室内オーケストラのための《Fragil Solitudes》」、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」という、かなり個性的なもの。
 しかもクロンマーでのクラリネットのソリにはペーター・シュミードル(ウィーン・フィル)とマンフレート・プライス(ベルリン・フィル)、また新作の弦楽四重奏には東京クヮルテットが協演するという豪華な顔ぶれである。指揮は、札響正指揮者の高関健。

 慶賀の至り――であることは事実だが、しかし今日の札響のさっぱり「燃えない」演奏を聴いていると、このPMFという国際音楽祭の中で札響が果たすべき役割は何なのか、ということにまで思いが回ってしまう。
 札響が厳然と誇示すべきことは、あのアカデミー生のPMFオーケストラに対し、成熟したプロフェッショナル・オーケストラとしての「模範」なのではないかと思うのだが、いかがなものか?

 しかし、少なくとも今日の活気の無い演奏からは、札響が単なる「ゲスト・オーケストラ」としての存在でしかないような印象を与えられてしまうのである。これでは、札幌の音楽界の中核である札響がPMFに出演することの意義が、全く果たされていないのも同然だ。
 もし札響の楽員がこれを単なる「お座敷」としか思っていないのなら、非常に嘆かわしいことである。
 私はこれまで何度も札幌を訪れ、尾高忠明やラドミル・エリシュカらの指揮する定期を聴いては札響の演奏を絶賛して来たし、今夜もそれと同じような期待を抱いて東京からやって来たわけだが、まさかこんな演奏に出会うとは――それも国際音楽祭の中でだ――予想もしていなかった。

 聴衆の中にもそうした気持が以前から拡がっていた、と見るのは早計だろうか? 2階席CB席から見渡して、LA、LB、RA、RB、P席に座っていたお客さんの数は、目分量でも100人足らず。平日の午後6時開演、プログラムの渋さという要素を差し引いて考えても、これではあまりに寂しい。
 それに、今日初めて札響を聴いたお客さんの中に、さすがは札響、また聴きに行ってみよう――と思う人が、果たして何人生まれたであろう?

 アウェルバッハは旧ソ連出身の女性作曲家で、今年のPMFのレジデント・コンポーザーである。今回が日本初演になるこの作品は、非常に多彩な弦の音色の変化を伴った面白い曲だ。弦楽四重奏(東京クヮルテット)の生き生きしたパートが強い印象を与えたのに比較すると、オーケストラ・パートは何か付け足しのようにも感じられたが、それが演奏のせいなのかどうか、軽率な判断は避けたい。

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