2024-02

2009・7・24(金)飯森範親指揮 山形交響楽団

   山形テルサホール

 暑い京都から、これまた暑い山形に移動。
 音楽監督・飯森範親の指揮で、今回はブルックナーの「第3交響曲」である。

 弦はこれまでと同様、10型(10・8・6・6・4)である。この編成で初稿版を聴くと、なかなか面白い。
 ブルックナーはこの曲で、よくもまあと思われるほど各パートのリズムをずらしながら音楽を作っているが、これが「あまり大きくない」10型編成の弦で演奏されると、その「リズムのずれ」の奇抜さ、意外さが、16型編成で演奏されるよりも、すこぶるあからさまに浮かび上がって来る。
 しかも飯森はアンサンブルを綿密に構築し、室内楽的な精緻さを以てアプローチを行なっているため、ますますその性格が強調されるのである。

 それに加え、この初稿版におけるブルックナーの、ある意味で放縦な、流れを無視した楽曲構築の特色が、大編成の弦で豊麗に演奏された時よりも遥かにリアルに浮き彫りにされ、それが独特の愉しさを感じさせることにもなる。
 こういう演奏を聴くと、この1873年版がいかに荒削りな構成の作品であるか、それゆえのちに作曲者が改訂に踏み切ったのも無理はない、ということを再認識させられる。そしてその一方では、改訂された最終版があまりに要領よく纏められており、野性味と無邪気さと面白味に欠けるものになっている、とも痛感させられる結果になるのであった。

 だが問題がないわけではない。周知の通りこの800席ほどのキャパシティのホールは、それほど長い残響は持っておらず、オーケストラはかなりドライな響きになる。それゆえ、ブルックナーが呆れるほど多用している長いゲネラル・パウゼ(総休止)が、非常に乾燥したイメージになってしまい、音楽の流れがスムースさを欠くという印象にもなる。ブルックナーはやっぱり風変わりな作曲家だな、という思いがますます強くなる。
 ただし前述のように、それを肯定的に聴くという面白さもあるわけだが。

 山形響は今回も緻密で正確な熱演を聴かせてくれた。弦もいいし、木管もいい。ホルンの3番、4番だけがどうも不安定なのが気になる(またこの曲では、それが目立つ作りになっているのだ!)が、トランペットもトロンボーンも好演である。

 なおプログラムの前半では、バルトークの「ヴィオラ協奏曲」(2003年校訂版)が、清水直子をソリストに迎えて演奏されたが、こちらはもう、見事と言う外はない快演であった。清水のソロが強靭で明晰、全曲息を呑ませるばかりの緊迫感に満ちていたのはもちろんだが、飯森もオーケストラも雄弁そのものである。
 バルトークのスケッチをもとに校訂者が纏めたこの作品は、もしかしたら最晩年のバルトーク本人を飛び越えてしまい、いろいろな意味で「現代音楽」的な世界に入ってしまっているような――という感を与えることが時たまあるが、今夜もそういう思いを起こさせる、鋭く、しかも快い演奏であった。

 終演後、ロビーではいつものように、飯森やソリストとファンの交歓会が行なわれる。そのあとは「マエストロ、それはムリですよ・・」という表題の、彼と山響の挑戦について書かれた本のサイン会。

コメント

希望ホール

山響のブルックナー3番と山形テルサの残響の関係のこと、興味深く拝読致しました。
この翌日7/25に酒田市民会館希望ホールでも同じプログラムでした。是非、機会がありましたら希望ホールの演奏会にもいらして頂ければと存じます。
残響1.9秒と言われる希望ホールでは、見事に「ブルックナー休止」が活きていたと思います。音がホールの中空を舞って天空に上って行くのが見えたような気が致しました。

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