2024-03

2010・1・26(火)METライブ・ビューイング
オッフェンバック オペラ「ホフマン物語」

   東劇(東銀座)

 昨年12月19日上演の映像配信。バートレット・シェールによる新演出。ジェイムズ・レヴァインが指揮している。

 案内役を担当するデボラ・ヴォイトのインタビュー(要を得ていたが、かなり時間に追われている雰囲気も)によって引き出されたシェールはじめスタッフの話によれば、この演出や舞台装置は、カフカとフェリーニ(81/2)の影響を受けていて、主人公ホフマンは常に「疎外された人物」として描き出されているという。
 なるほど、オッフェンバックがユダヤ系だったこととの関連を考えれば辻褄の合う発想ではある。が、肝心のホフマンを歌ったジョゼフ・カレーヤの演技が単純未熟なので、口で説明されない限りコンセプトは解るまい。

 第1幕の「オランピア」と第3幕の「ジュリエッタ」は、いずれも享楽的な場面。ひしめく群衆と舞台装置の豪華さがMETの観客を喜ばせているようだ。が、カメラに収められた映像で観ると雑然とした印象になってしまい――カメラワークが平凡なせいもあるのだが――その絢爛ぶりを堪能できるまでには至らない。
 むしろ、シンプルな舞台の第2幕「アントニア」の方が、映像で見た場合には栄える。しかもこの場では、アントニアを歌うアンナ・ネトレプコ(ステラ役を兼ねる)の安定した歌唱と迫真の演技が際立っている。ここは、全曲中随一の見どころ・聴きどころだろう。

 リンドルフ、コッペリウス、ミラクル、ダッペルトゥットの4悪役は、スキン・ヘッドで黒衣装のアラン・ヘルドが歌ったが、それほど凄味はない。
 人形オランピアを歌い演じたキャスリーン・キムは大熱演で、声楽的にもしっかりしている。何故か冴えなかったのがジュリエッタ役のエカテリーナ・グバノヴァで、音楽的にも演技的にも埋没してしまった感であった。

 ニクラウス(ミューズ役を兼ねる)を全篇出ずっぱりにして、あたかも男性版クンドリのように善悪両面の役柄を持たせたのは面白い発想だが、友人ホフマンの愛の行動をのべつジロジロ見ながら歩き回っている光景は、だんだん鼻についてくる。歌い演じているケイト・リンジー(メゾ・ソプラノ)は、なかなか手堅い。ヴォイトは「マレーネ・ディートリヒのような衣装」と評していたが、私には「チャーリーとチョコレート工場」のジョニー・デップが居るように見えてならなかった。

 総じてこのシェールの演出、中庸を得てはいるが、人物の心理表現に関しては、やや大雑把なところがあろう。アップの多い映像で観ていると、それが気になって来る。
 またこの版ではラストシーンで、ホフマンの夢が醒めたという設定に基づき大合唱のアンサンブルが繰り広げられるが、3人の恋人や4悪役も整然と並んで詩の芸術を讃えて歌う光景は、音楽の雰囲気も含め、何か昔のアメリカのミュージカル――たとえば「回転木馬」のラストシーン――のよう。もう少し何か工夫がないのかと思わせられる。ただしこのテは、2003年のザルツブルク音楽祭での上演を演出したデイヴィッド・マクヴィカーも使っていたものだ。

 指揮のレヴァイン。健康回復はめでたい。だが、音楽の緊迫度がめっきり衰えたような感じなのが気になる――。

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