2024-03

2010・5・20(木)大野和士指揮東京都交響楽団

  サントリーホール  7時

 その国立リヨン歌劇場の首席指揮者――大野和士は、ちょうど帰国中。東京都響の定期への客演である。
 プログラムは、シューマンとチャイコフスキーのそれぞれ「マンフレッド」に拠る名曲と、その間に細川俊夫の打楽器とオーケストラのための協奏曲「旅人(WANDERER)」を置いたもの。つまり「さすらい人」をコンセプトにしているわけで、巧妙なプログラミングだ。

 良い指揮者は、曲の最初のほんのわずかな数の音符だけで、その実力をただちに示すことができるもの。シューマンの「マンフレッド」序曲の、引きずるような冒頭の音型を聴いた瞬間に、この人は本当に優れた指揮者になって来たな、とうれしくなった。
 そのあとの、ひたすら暗い音色で疾走する悲愴感――緊張感も魅力。

 一方、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」は――私は悪からず想っている曲なのだが――作品そのものの些かまとまりのない冗長さの故で、シューマンのそれほどには緊迫感を伴わない。しかし、中間2楽章でのリズムの軽快さは楽しいものだったし、フィナーレ(おかしな曲ではある)での殺到する同一モティーフの迫力も面白く、大野の音楽構築のバランスの良さを印象づけるには充分のものがあった。

 都響のほうだが、――その中間2楽章では弦楽器群にいいリズム感も聴けたことは事実だったが、シューマンも含めて、総じて少し雑なところがある。細部をピシリと決めてくれないと、画竜点睛を欠く。ただの練習不足という問題でもないような気がするのだけれども・・・・。

 細川俊夫の「旅人」は、ちょうど10年前にケルンで、ケルン放送響と高関健の指揮、今日のソリストと同じ中村功のソロで初演されたものという。演奏時間も25分以上と、かなり長い。ソロは主人公――この曲の場合は旅人――であり、オーケストラは自然または世界という、細川の協奏曲作品にほぼ共通したコンセプトが語られている。
 彼の作品における透明な響きの美しさにはこれまでに何度も感銘を受けたものだが、この曲でも打楽器群の名状しがたい神秘的な空間的拡がりに、心を打たれる。
 冒頭、ソロ奏者の腕の動きと最初の音の一撃とが一体化した、儀式的な雰囲気をもつ開始の手法には、彼はまさに東洋人の作曲家なのだな――と微笑を誘われた。全曲の最後には、ソリストは小さな楽器を手に客席後方に去り、それが醸し出す柔らかい響きが微かに消えて行く。

コメント

はじめまして。Harmoniaと申します。

この演奏会で採り上げられた、細川俊夫の「旅人」は、大阪フィルの第400回定期演奏会(2006年7月6日、7日:ザ・シンフォニーホール)でも、大野和士氏の指揮&中村功で演奏されていて、私はその2日目を聴きました。
(大野氏の大フィル定期、初登場となった演奏会です)

打楽器ソリストの中村氏の起用は、大野氏のリクエストだったそうです。

曲そのものは、低音の打楽器が活躍するため、私には少々変化に乏しく感じられました。

曲の最後は大フィル定期でも同じく、中村氏が両手に小さなシンバル状の楽器を手に、1階席を前方から後方へと歩きながら鳴らして行きました。
その様はまるで「お遍路さん」の様に感じられたものです。

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