2024-03

2010・5・31(月)エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団

   サントリーホール  7時

 サロネン、指揮ぶりも音楽も、相変わらず若々しい。未だ52歳に1ヶ月足りないトシだから、当然ではあるが。今回はフィルハーモニア管を率い、その首席指揮者として来日。演奏終了後には聴衆から盛大なソロ・カーテンコールを受けていた。

 プログラムの最初は、ムソルグスキーの「禿山の一夜」の原典版。
 この曲の場合、どれを原典版と称するかは甚だ複雑な問題になるが、要するに今日演奏されたのは「禿山の聖ヨハネ祭の夜」という版である。
 苦笑させられるくらいガシャガシャとした雑然たる構成で、主題をどう展開させたいのか、曲をどう持って行ってどう終らせようとしているのか、皆目見当がつかない曲だ。一般に演奏されるリムスキー=コルサコフの編曲版が、いかに要領を得てまとまりが良いことか。それを再認識させるこの「原典版」である。

 しかし、そのあとに演奏されたバルトークの「中国の不思議な役人」(組曲版)と組み合わせて聴いてみると、ムソルグスキーのこの粗暴なエネルギーにあふれた音楽が、60年後に書かれたバルトークのこの作品における原始主義を見事に先取りしているように感じられるから面白い。
 おそらくサロネンも、それを浮彫りにする狙いでこのプログラミングを行なったのであろう。このアイディアは、素晴しい。
 この2曲における演奏は、極度に速いテンポの、アンサンブルの細部になどこだわらず、ひたすらエネルギー性を追求して驀進する猛烈なものであった。

 プログラム後半は、ベルリオーズの「幻想交響曲」。
 ここで初めて、サロネンらしい透徹した音色が姿を現わす。前半2曲の喧騒が遠い昔のことのように感じられる静寂と清澄さが、開始後しばらくは続く。速いテンポの個所では極度に速いが、第1楽章序奏および第3楽章のような遅い部分では極端に遅いテンポを採るのが、今のサロネンだ。
 だが「断頭台への行進」や「悪魔の祝日の夜の夢」などで、金管の荒々しいモティーフを突出させてデュナーミクの対比を強調させるサロネンの解釈は、この「幻想交響曲」がやはり超弩級の革命的作品であったことを思い出させるだろう。

 第2楽章でコルネットのパートを復活させ、トランペットに吹かせるのはそれほど珍しいことではないが、それを吹く奏者がその時だけ席を移動する、というのが面白かった。
 フィルハーモニア管は、引き締まって演奏すると流石に巧い。ただ一つ、鐘(舞台袖裏)は、いくらなんでも、もう少し丁寧に叩いてもらいたいものである。
 アンコールは、シベリウスの「悲しきワルツ」と、ワーグナーの「ローエングリン」第3幕前奏曲。

コメント

この演奏会行きました

サロネンの演奏、とても良かったです。今から22年前、N響とやったメシアンの大曲の後、さらにその3年後のメンデルスゾーンとシューマン。今でも覚えています。あれから年月を重ねるにつれ、音色がふくよかになり独特の冷めた音の味わいが退行したように感じました。
しかし、音色と作品への突っ込み度(説得力)はこの世代の指揮者でも突出していると思います。はっきり言って、S・ラトルより大好きです。
6月2日のコンサートは、父親が田舎から上京してくるのでプレゼントします。クラシックにあまり触れたくても触れられない田舎ですが、楽しみたいです。(音楽より親に会うことがメインですが)

こちらは、名古屋でヒラリーハーンの演奏とともに聞きました。
さすが、音楽に対する集中力はすごくて、こちらも、同じく緊張しました。ベルリオーズもよかったのですが、主役はやはり、ヒラリーハーンでした。ずばぬけていますね。参りました!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

https://concertdiary.blog.fc2.com/tb.php/752-013acad4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since Sep.13.2007
今日までの訪問者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

・雑誌「モーストリー・クラシック」に「東条碩夫の音楽巡礼記」
連載中