2024-02

2010・6・6(日)旅行日記初日 ワーグナー:「ローエングリン」

  ウィーン国立歌劇場  5時30分

 ウィーンは快晴、猛暑。オペラ座の周辺、特にケルントナー通りは観光客でごった返す。

 「ローエングリン」は、2005年12月にプレミエされたプロダクションで、バリー・コスキーのちょっと風変わりな演出が話題を呼んでいた。
 噂によると、あまり評判がよろしくなかったらしいが、今夜はべつだんブーイングが出るわけでもなかった。もっともウィーンではブーイングはプレミエの時以外は滅多に出ないらしいし、それにそこまで前衛的な演出でもない。しかし、たしかに舞台は少々解り難いし、しかも何となく不燃焼的な印象をも受ける。

 エルザを盲目の女性に仕立てたところが、この演出のポイントなのかもしれない。エルザの幻想を描くのがねらいとすれば、それは絶好の手段になるだろう。
 第2幕での、白鳥(作り物)が浮かぶ小さな池、此処彼処に散らばる玩具や遊園具、絵本に出て来るような雲、可愛らしい黄色の小さな家(両側の壁が持ち上がると教会に化ける造りが面白い)など、見るからにエルザの少女っぽい夢といった雰囲気だ。
 エルザを歌うソイレ・イソコスキが小柄だし、頼りなげなキャラクターを実に野暮ったく巧みに表現しているので、ますます同情を呼ぶだろう。

 オルトルートは概してエルザに同情的な行動を示しているが、ローエングリンに対してのみあからさまに敵対心を燃やし――彼女は彼を以前どこかで見たことがあるらしい――これをワルトラウト・マイヤーがまた見事に演じていた。彼女のいつもながらの絶妙かつ巧妙な演技がこの舞台に唯一の求心力をもたらしていたと称しても間違いではない。

 だがそれでも、ラストシーンで空中から黒い円形の物体に入った胎児のようなものが降りて来る――以前の舞台写真では幼児だったが、今夜の舞台では既に成長した少年のように見えた――ところなど、些か解釈に苦しむところである。
 この「胎児」に、オルトルートが明らかに思い当たる身振りを示すのは当然だろうが、ここにエルザとローエングリンとオルトルートとの関わりがもっと明確に示さていたなら、結構興味深い心理ドラマになっていたかもしれない。

 演奏は、なかなか聴き応えがあった。
 指揮は読売日響への客演指揮でもおなじみのレイフ・セゲルスタム。彼の指揮するオペラを聴くのは、実は今回が最初だ。
 極めてごつごつした剛直な音楽をつくる。「第1幕前奏曲」など、弦の内声部の各所に強いアクセントをつけ、ワーグナーの管弦楽法の荒々しい面を浮かび上がらせるという演奏で、豊麗さとか壮麗さとかいったものとは程遠い代わりに、スリリングな迫力がある。
 しかもオーケストラを豪壮無類に轟かせるので、第1幕や第2幕の幕切れの個所や、第3幕の場面転換の行進曲の個所など、もともとピットの位置の高いこの歌劇場の管弦楽団はそれこそホールを揺るがせんばかりに咆哮するという具合だ。
 オーケストラが主導権を持つワーグナーやR・シュトラウスのオペラでは、やはりこうでなくては面白くない。しかもセゲルスタムのこの大河の奔流のごとき指揮は、音楽が決して乾燥したものにならず、どこかに温かみさえ感じさせる佳さを持っているのである。

 歌手では、前述のワルトラウト・マイヤーが圧倒的な存在感だ。この人のオルトルートは、もう何種類かのプロダクションで観たり聴いたりして来たが、いつもその巧さに感心させられる。声はもう峠を越しているだろうが、これだけ説得力のある歌唱と演技を示せる歌手は、そう多くあろうとは思えない。
 その他、エルザのソイレ・イソコスキ、ローエングリンのペーター・ザイフェルト、国王のアイン・アンガー、テルラムント伯爵のヴォルフガング・コッホ、伝令官のマルクス・アイヘ、いずれも揃って安定している。

 ザイフェルトは「はるかな国に」など、何かヤケッパチに怒鳴りまくるという雰囲気がないでもなかったが、考えてみるとこのオペラでは、ローエングリンは何かしら常に怒り、イライラしている場面が多いわけで――エルザに「私の名を訊くな」と因果を含める個所など、エルザがあまりに無頓着に返事をするので苛立つのだ――、その意味ではザイフェルトの表現も当を得ているだろう。

 合唱は少し粗いが強力だ。男女とも全員が黒づくめの服装で、騎士や軍団や侍女としての演技の場面はほとんどなく、むしろコロスに近い役割を果たす。
 休憩2回を含み10時05分頃演奏終了、同15分頃終演。
 外は相変わらず蒸し暑い。

コメント

L・セゲルスタム思い出しました昔、代役で。

15年ほど前、セゲルスタムの指揮で、チューリヒオペラの’影のない女’を聴いたことがあります。
東条様のおっしゃるように<極めてごつごつした剛直な音楽をつくる。><(弦の内声部の)各所に強いアクセント><スリリングな迫力がある。>そのニュアンスが判ります。その時、まだ20代後半だった自分としても、耳慣れたベーム盤、その前の日本公演のサヴァリッシュ指揮のミュンヘンの演奏と比較しても、明らかに違うこと覚えています。大胆な演奏スタイルを持ち合わせつつ・少し変わった骨太な演奏をする人だよね。と思ったものでした。
(実は前年、C.v.ドホナーニの指揮で新演出、ギネスジョーンズのバラクの妻・アニア・シリアの乳母・アルフレード・ムフの夫・エスタ・ヴィンベルィの皇帝だったんです。今から考えるとあの当時、残照のある大物歌手たくさん居ました。)
 さて、ローエングリンもそんな感じなのではないかな。と思いました。
個性的な演奏する人ですね。
個性豊かな演奏しますよね。

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