2024-02

2010・6・7(月)旅行日記第2日 チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」

  ウィーン国立歌劇場  7時

 本来ならこれは、小澤征爾が音楽監督としての最後の指揮を執るはずの公演だった。
 私も、10年に亘る彼の労を労い、楽屋を訪ねて「おめでとうございます」と声をかけるために、今夜のチケットを手配していたのである。しかもこのファルク・リヒター演出によるプロダクションは、先年「東京のオペラの森」で、ほかならぬ彼の指揮によりプレミエされたものだったのだ。
 得意の演目を用意したにもかかわらず、病のため有終の美を飾れなかったことには、彼も地団太踏む思いであったろう。われわれにとっても、痛恨の出来事であった。

 思えばウィーン国立歌劇場では、結局彼が最も得意とするレパートリーを取り上げる機会もほとんどなく、彼の本領を発揮できる機会もごく少なかった。
 彼がこの歌劇場の音楽監督に就任するという話を聞いた時には、学生時代から彼の熱烈なファンだった私は、ひそかに「兄貴、何ちゅうことを」と歯噛みしたものである(これは当時の「音楽の友」の座談会でも発言したことだ)。
 彼が最高の演奏を聴かせ得る作品――ベルリオーズやプーランク、メシアンなどフランスもの、近代・現代ものなど、つまりサイトウ・キネン・フェスティバルで絶賛を呼んだレパートリーにほかならない――は、所詮ウィーン国立歌劇場の性格からして主流たりえないであろうことは、少しオペラ事情に詳しい者であれば、誰でも予想できたことであった。

 むしろフランスの、たとえばパリ・オペラ座なり、リヨン歌劇場なりで、彼の十八番のレパートリーを指揮していた方が、どれだけオザワの世界的声価を高めたことかと思う。
 同じワーグナーの作品を指揮しても、パリ・オペラ座で指揮した「タンホイザー」が如何に絶賛されたかは、周知の通りだ。
 私もバスティーユでその演奏を聴いた。聴衆が彼に寄せる拍手と歓声を聞きながら、「小澤さんがもしこっちでポストを持てていたら、どんなによかったことか」と、長嘆息せざるを得なかったのである。
 あえて言えばこの10年、彼は貴重な時間を、実りのほとんどないウィーンのために空費してしまった、と称して過言ではない。
 だが、まだ時間はある。健康とともに、セイジ・オザワ本来の輝きを取り戻す時間は。

 それはひとまず措いて。
 代わりにこの一連の公演を指揮したのは、ほかならぬキリル・ペトレンコだった。
 今日、代役としてこれ以上の指揮者は考えられないだろう。これまでの公演でも、観客からもオーケストラの楽員からも絶賛を浴びたと聞く。

 私もつい1ヶ月前にリヨンで彼の指揮する「エフゲニー・オネーギン」に接したばかり。しかし、一層量感のあるこちらウィーン国立歌劇場のオーケストラを指揮すると、その音楽の雄弁さがより明確に発揮されるだろう。
 あの時には叙情的な美しさという側面が目立ったが、今夜はむしろ音楽の劇的な起伏の大きさがより印象づけられた。タチヤーナやレンスキーの感情がみるみる激して行く様子を、チャイコフスキーが音楽で如何に巧妙に描き出しているか――ペトレンコはテンポを自在に駆使して、それを見事に再現していたのである。

 タイトルロールを歌ったのは、ディミトリ・ホロストフスキー。彼のロシアものでの歌い方には、ますます独特の癖が濃くなっているようにも感じられるが、当代一の当たり役であることは疑いない。
 タチヤーナには、オリガ・グリャコーワ。この人も、リヨンでのリーザやマリヤにおけると同様、成熟著しい。
 出色の出来だったのは、レンスキーを歌い演じたパーヴォル・ブレスリクで、声もよく伸びるし、舞台姿もスマートで映える。

 グレーミン公爵はフェルッチョ・フルラネットが歌ったが、今回の歌手の中では並外れて凄まじい声量だ。この歌劇場では、パルケット最後列で聴くと、歌手が舞台最前方で歌った場合には声がまるでPAでもかけたような大音量で木霊する傾向があるらしい。それもあって、彼一人だけ歌手陣のバランスを崩していたと言えないこともなかった。
 オリガを歌ったのは、ナディア・クラステーワ。このオペラでは、声楽的にさほど目立つ存在ではない。

 演出は前述のように、ファルク・リヒター。背景に雪が猛烈に降り続ける、あの舞台である。第1幕では、雪はすべての場面に一瞬たりとも止まずに降る。
 東京ではその物量に呑まれたものだが、改めて観てみると、この雪は、何だかおそろしく煩わしい。劇の起伏に関係なくのべつワンワン降っていられると、視覚的にも気分的にも単調になって、劇的効果も皆無になってしまうのである。
 ただし、随所に現われる氷柱の舞台装置とともに、この雪が主人公たちの冷えた心象を表現するという点で優れた効果を挙げていることだけは、間違いなかろう。

 その他、第1幕での背景には数組の常に抱擁したカップルが佇立、タチヤーナの淡い恋が破れると同時に男が女を残して去って行くという象徴的な演出などは、概して東京と同じだろう。ただ、第1幕と第2幕での踊りがあんなに粗野なアクロバットだったかどうかは、記憶が定かではない。
 また今回は、第3幕冒頭、「ポロネーズ」のあとに夜会の客たちがオネーギンを指弾する重要な場面がそっくりカットされていたが、東京でもそうだったかしらん?

 オネーギンとレンスキーの親友同士の決闘場面で、2人の心理の変化を如何に描き出すかはこのオペラの見せ所の一つだが、リヒターの演出では、最後の瞬間にレンスキーが後悔するかのようにオネーギンに駆け寄ろうとするものの、一瞬早くオネーギンのピストルが火を吹く――という設定になっていた。
 幕が降りる寸前、オネーギンは、レンスキーの頭を抱いて慟哭する。

 その決闘場面(第2幕最後)までが、続けて一気に上演された。1時間45分ほどだったが、随分長く感じられた。
 近年はこの3幕構成を2部に分けて上演するやり方が流行っているが、その切り方にもいろいろあり、決闘の前で第1部を終るという上演もあった。要は、第3幕冒頭の「ポロネーズ」をどう扱うかによって、決闘の場と第3幕とを続けるか否かが決まって来る。
 たとえば、オリジナル台本通りの「数年後の舞踏会」にするか(ペーター・シュタイン)、「オネーギンの変身」の場面とするか(ロバート・カーセン)、「オネーギンの幻想的狂態」にするか(ペーター・コンヴィチュニー)、――この辺を見比べるのも楽しみの一つであろう。

 9時45分頃終演。

コメント

SEJI OZAWA

35年前パリに行った際、町中に「SEJI OZAWA」の公演ポスターが溢れていました。昔からパリでは人気があったようです。

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>あえて言えばこの10年、彼は貴重な時間を、実りのほとんどないウィーンのために空費してしまった、と称して過言ではない。

それはちょっと厳しすぎる意見のように思えます。
そもそも小澤としてはパリとかリヨンからのオファーだったら最初から受けてないのではないでしょうか?
彼はウィーンオペラの音楽監督に就任する、という事に魅力を感じていたからこそボストンから離れることを決意したんでしょう。
なんといってもマーラー、カラヤン、ベームの後継者として(彼らは総監督ですが)称せられるわけです。
だからこそマゼールやアバドもウィーンに行ったわけであるし。

それに音楽監督の値打ちは実際に指揮する公演の成否だけでは、決まらないんじゃないでしょうか?
現実にウィーンの上演レベルは小澤就任以前と比べると上演レベルは格段にレベルアップしてるように思えます。
以前はプレミエはともかくレパートリー公演には凡庸な指揮者が振る事が多かったと思いますが、今回のペトレンコのような俊英指揮者がどんどん起用されるようになりました。
次期監督のヴェルザー・メストを始めとしてティーレマンやラトルも指揮台に上っています。
いい演出家や歌手も増えましたしね。
それらは小澤というよりホーレンダーの力が大きかったのでしょうが、ともかくもホーレンダー小澤体制で優れた上演が多く行われた事は小澤の功績になるでしょう。
なんといっても途中で首切りされなかった戦後初めての指揮者監督なわけです。それどころか期間延長してますしね。
伏魔殿のウィーンで両監督が波風立てずにしのいだからこそ、安定した優れた上演が可能だったんじゃないでしょうか。
小澤の代わりにバレンボイムやメータがやってホーレンダーと上手く行ったとはちょっと思えないですね。

それに我々日本人としては日本人指揮者が音楽界の頂点の一つに立てたという実績は何より大きいと思います。
何十年後か再び日本人指揮者が音楽監督に登用される機会が来るかもしれませんが、そうなれば小澤の功績となるでしょう。
「僕はクラシックの伝統のない日本人がどこまでやれるかという実験」と繰り返し語ってる小澤が、満州生まれの日本人でもウィーンの音楽監督として立派に勤め上げる事が出来ると証明してみせたのですから。
後輩達にとってみれば大きな励みになるでしょうし目標でしょう。

とはいえ大病で最後の数年間を成就できなかったは、何を置いても残念ですね。
今は小澤の回復を何より願っています。

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