2024-03

ジョージ・セル ~練習もすべて本番同様~

 1970年、大阪万国博開催中のある日、大阪フェスティバルホールで、来日中の巨匠ジョージ・セルと、ヘルベルト・フォン・カラヤンが鉢合わせした。
 カラヤンがベルリン・フィルとリハーサルの最中、「今は入れません」と止める人を「構わん構わん」と振り切ってズカズカと入り込んだセル。カラヤンが「おお、マエストロ!」と手を差し伸べれば、セルは「やあ、ヘルベルト!」と応じ、二人は抱き合って再会を喜んだ・・・・。
 その時セルのアテンド役をつとめ、この場面を目撃したCBS・ソニー(当時)の大西泰輔氏を通じ、この話はあっという間に広まった。
 われわれスズメどもが特に面白がったのは、楽壇の帝王カラヤンをファースト・ネームで呼ぶ指揮者がいた、という一点だった。セルの方が11歳も年長なのだから別に不思議はないわけだが、なにかそれは、曰く言いがたい可笑しみを感じさせたのである。セルって偉いんだねェ、などと皆で笑い合ったものであった。

 巨匠セルは、それまで、日本ではあまり人気がなかった。それが一転したのは、CBS・ソニーが「セル=クリーヴランドが超一流であることは、今や世界の常識である」とかいうキャッチ・コピーを使って、猛烈なPRを展開してからである。
 そういう触れ込みは概してあてにならないものだが、この場合は驚異的だった。ナマで彼らの演奏を初めて聴いた私たちは、例外なく震撼させられた。オーケストラ美の極致ともいうべき完璧なバランスのアンサンブル、しかも冷たさなど微塵もないヒューマンな演奏の表情。

 大阪フェスティバルホールで間近に見たセルとクリーヴランド管弦楽団のリハーサルは、噂に聞くとおり、徹底的だった。「Ladies and gentlemen、オハーヨウ」と呼びかけ、冒頭から楽員たちを爆笑させたセルだったが、あとはひたすらシリアスなリハーサルが続く。特に驚かされたのは、ベートーヴェンの『英雄交響曲』の二つの和音を、いつ果てるともなく繰り返して練習させることだった。われわれが聴いていて、もうこれ以上の完璧な演奏はないと思えるほどだったのに、セルは満足せず、執拗に最初の2小節を繰り返させるのである。雑誌で読んだクリーヴランド管の楽員の「われわれの演奏は、リハーサルだろうと本番だろうと、同じである。たまたま最後の1回にはお客が入っているだけのことである」というコメントは、決して誇張でもなんでもなかったのだ。

 かくしてジョージ・セルは、その最初の来日で日本のファンを圧倒した。東京での最終の演奏会で彼は、惻々として心に迫る第2楽章を含む『英雄交響曲』を聴かせてくれた。あの演奏にあふれていた、一種の凄まじい魔性のようなものを、私は今でも忘れることができない。わずかその2ヵ月後に彼が世を去ることになるなどと、その夜東京文化会館に集っていた聴衆の、だれが予想したろうか。

『ArtGaia CLUB MAGAZINE TC』2007年7月号掲載「マエストロへのオマージュ~ジョージ・セル」より転載

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セルのベートーベン第9ライブ

上記のコメント大変貴重なコメントとして拝読させていただきました。まずは感謝の意を述べさせていただきたく思います。セルの東京ライブ持っています。シベリウスの2番は圧巻ですが、吉田秀和氏のベートーベンの英雄交響曲を聞いていた時間、あんな時間をもう一度持てるだろうかのコメントはファンの心に強烈響いたと思います。その結果、英雄交響曲の録音は無いのかとみんな思ったことと思います。CBSソニーが巨匠セルとクリーブランド管弦楽団が到達した20世紀オーケストラ演奏の極点とコマーシャルしていますが、私はセルの録音はCBSソニー、EMIほぼすべて持っているつもりですが、セルは明らかにスタジオ録音よりライブのほうがいいと思います。最近1965年オランダアムステルダムコンセルトヘボウでのライブレコディングされたシューベル9番のシンフォニーを入手しましたが、セルが死の3か月前にEMIで録音したスタジオ録音より断然いいと思います。クリーブランドのセべランスホールがデッドなのに対してコンセルトヘボウがとても響き豊かなホールであることも効いていると思います。私がいまなんとしても入手したいのが、セルが1969年にイギリスのニューフィルハーモニア管とやったベートーベンの第9のライブCDです。以前この録音がユーチューブにアップされていて、そのすさまじい演奏の存在を知ったのですが、現在はユーチューブのアップも無く、CDも販売されていたようですが今は販売中止となっています。とにかく空前絶後のすさまじい演奏で、終焉後の聴衆の狂喜乱舞の様子が音として記録されていました。吉田秀和さんはセル没後もクリーブランド管の来日コンサートには必ず足を運ばれていましたが、1982年のマゼールとの最後の来日コンサートでは、なんたる超高性能オーケストラだろうと批評されています。2010年のときは、サントリーホールの入り口付近で小澤征爾と何やら話しているのを目にしました。私が今思うことは、セル・クリーブランドは恐らく1000年後もその録音が一般の人に向けて販売されているだろうと思います。何故なら、1000年後もオーケストラ演奏の極点の地位を譲ることはないと思うからです。

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