2024-03

2010・6・11(金)旅行日記第6日 ケルンの「ジークフリート」

   ケルン歌劇場  5時

 1日おいて、再びケルン・オペラの「指環」に戻る。
 が、その間に別の舞台と演奏のプロダクションが混入していたので、印象が錯綜して混乱して困った。
 とにかくあのクナーベ演出「ラインの黄金」があまりに賑やかな舞台だったし、ショルテスの指揮も豪壮華麗だったので、こちらケルンの上演は、何となく地味に感じられてしまう。

 「ジークフリート」第1幕は、オリジナルのト書どおりに、森の中のミーメの鍛冶工場。廃車になったキャンピングカーが寝場所になっているのが可笑しい。剣ノートゥングも、ちゃんとト書通り鍛冶で鍛えられる。
 第2幕も森の中。大蛇ファーフナーは、空中から下がって来た巨大なクレーンが開いたような口を以てジークフリートを威嚇する。だが、その怪物に対するジークフリートの戦いぶりは、何ともいい加減な演技だ。

 第3幕冒頭は、「ヴァルキューレ」第2幕冒頭と同じヴォータンの居間に設定されているのが面白い。当然ここは、ヴァルハル城の一室ということになるだろう。あの豪華な部屋は既に荒廃し、家具も白布に覆われ積み重ねられているのは、物語として当を得ている。エルダがヴォータンを愛しく想っている様子が描かれるのも珍しく、モップでリンゴの散らかった床を掃除しかけるのが一種のシャレか。
 とはいえ、ジークフリートがここを通りかかるというのは、どう見ても理屈に合わぬ。

 第3幕後半は、もちろん「ヴァルキューレ」第3幕に同じ。ヴァルハルに行けぬため放置されていた戦死者の遺体は、年月の経ったことを示して今は形も残らず、ただヘルメットや機銃の残骸が転がっている。が、ブリュンヒルデだけは変らず、美しい姿のまま眠っていた――。
 カーセン演出、この「ジークフリート」では、特に新味や、際立った個所はない。やはり8年前の演出だな、という感。

 マルクス・シュテンツの指揮は、今日は比較的ゆっくりしたテンポだ。オケの音は良いが、弱音個所で緊張感がやや落ちるのが問題か。もっとも、歌手陣が良いので、全体としては弛緩するほどではない。
 ただ、この指揮者、オーケストラの音の波の上に声を巧く浮き立たせる――というテクニックを、もう少し学んで欲しいものだと思う。

 ミーメのゲルハルト・ジーゲルがさすがに巧みで表情豊かだ。ヴォータンのグリア・グリムズリーも手堅い。
 ところが、ジークフリートがまたしても例のシュテファン・フィンケさまであって――。元気はいいが、だんだんと単調さを露呈して来るフィンケの歌は、この長い長いオペラに出ずっぱりのジークフリート役としては、どうも苦しいものがある。
 もっともブリュンヒルデのエヴェリン・ヘルリツィウスだって、妙にヴィブラートの強い、絶叫気味の歌いぶりなのが気になったが。
 そのほか、アルベリヒにオリヴァー・ツヴァルク、ファーフナーにアンテ・イェルニカ、エルダにヒルケ・アンデルセン、森の小鳥にアンナ・パリミナ。

 カーテンコールは例のごとく物凄い盛り上がりだが、指揮者と、フィンケをはじめ男声歌手陣と、ヘルリツィウスには大ブラヴォーが飛んだのに対し、エルダと小鳥には一つも声がかからないのは気の毒。お客も正直というか、なんというか。
 10時20分頃終演。

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